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熊本地方裁判所八代支部 昭和43年(ワ)31号 判決

原告

石橋オツル

ほか七名

被告

倉岡宏行

ほか二名

主文

(一)  被告倉岡宏行は、原告石橋オツルに対し六三万九六〇〇円、同石橋チヅ子、同石橋安、同岡田ヤス子、同松下チズヱ、同石橋俊、同石橋満暢および同石橋カツヨに対し各二四万七〇二七円ならびに右各金員に対する昭和四二年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  原告らの被告倉岡宏行に対するその余の請求ならびに被告倉岡章二および被告南九州三菱自動車販売株式会社に対する各請求をいずれも棄却する。

(三)  訴訟費用のうち、原告らと被告倉岡宏行との間に生じたものについては、これを三分し、その二を原告らの、その余を同被告の負担とし、原告らと被告倉岡章二および被告南九州三菱自動車販売株式会社との間に生じたものについては、原告らの負担とする。

(四)  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、原告石橋オツルにつき一〇万円、原告石橋チヅ子、同石橋安、同岡田ヤス子、同松下チズヱ、同石橋俊、同石橋満暢および同石橋カツヨにつき各三万円の担保をたてることを条件に、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、請求の趣旨

(一)  被告らは、各自、原告石橋オツルに対し二一七万二〇〇〇円、同石橋チヅ子、同石橋安、同岡田ヤス子、同松下チズヱ、同石橋俊、同石橋満暢および同石橋カツヨに対し各八四万九一四二円および右各金員に対する昭和四二年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告らの負担とする。

(三)  担保を条件とする仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

(三)  担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二、当事者双方の主張

一、原告らの請求原因

(一)  (事故の発生)

石橋主計(以下、主計という。)は、次の交通事故によつて死亡した。

(1) 発生時 昭和四二年二月一六日午後七時三〇分頃

(2) 発生地 熊本県八代郡千丁村大牟田二二五〇の二番地先の横田吉重方横の丁字路交差点

(3) 事故車 普通乗用自動車(熊五せ七二八〇号)

運転者 被告倉岡宏行(以下、宏行という。)

(4) 被害者 主計

(5) 態様 熊本県下益城郡松橋町方面より八代市方面に向け通称鏡県道を進行中の事故車がその前方を自転車を押して歩行中の主計に接触したものである。

(6) 結果 主計は、同日午後一〇時五〇分頃死亡した。

(二)  (責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた主計および原告らの損害を賠償する責任がある。

(1) 被告宏行は、本件事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として、民法七〇九条の責任。

すなわち、被告宏行は、本件事故現場附近に差しかかつた際、前方約一〇〇メートル位先に対向車を認め、加害者の前照燈を減光したので進路前方三〇メートル位しか見通すことができなくなつたが、このような場合、そこは丁字路交差点でもあることだし、自動車運転者としては、直ちに減速徐行の措置を講じて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、被告宏行は、これを怠り、漫然、時速五〇キロメートル位のまま進行した過失がある。

(2) 被告倉岡章二(以下、章二という。)は、事故車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(3) 被告南九州三菱自動車販売株式会社(以下、被告会社という。)は、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

仮に、右主張が認められないとしても、被告会社は、被告宏行を使用し、同被告が被告会社の業務を執行中、前記のような過失によつて、本件事故を発生させたものであるから、民法七一五条一項による責任。

(三)  (損害)

(1) 亡主計の逸失利益 六二一万六〇〇〇円

主計は、本件事故当時六三才の男子であり、それまで農業を営み、年間一二〇万円の収入を得ていたところ、本件事故にあわなければ、少なくともあと七年間従前同様に稼働できたものであるから、主計の逸失利益は、年五分の割合による中間利息を控除して算定すると六二一万六〇〇〇円をこえるものである。

原告らは、主計の相続人の全部であり、原告オツルは、その生存配偶者として二〇七万二〇〇〇円、その他の原告らは、いずれも子として各五九万二〇〇〇円の賠償請求権を相続した。

(2) 原告らの慰藉料 原告オツルにつき六〇万、その他の原告らにつき各四〇万円

原告オツルは、主計の妻として、その他の原告らは、子として、本件事故により著しい精神的苦痛を受けたものであり、その慰藉料として、原告オツルにつき六〇万、その他の原告らにつき各四〇万円を相当とする。

(四)  (損害の填補)

原告らは、自賠責保険金として一五〇万円の支払を受け、これを相続分に応じて分配すると、原告オツルにつき五〇万円、その他の原告らにつき各一四万二八五八円となるから、これを各原告らの前記損害額に充当した。

(五)  (結論)

よつて、被告らに対し、原告オツルは、二一七万二〇〇〇円、その他の原告らは、各八四万九一四二円および右各金員に対する事故発生の日以後の日である昭和四二年二月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求の原因に対する被告らの答弁ならびに抗弁

(一)  第一項は、認める。

第二項のうち、被告会社が被告宏行を使用していることは認めるが、その他の事実は否認する。

第三項のうち、原告らの主計との身分関係は認めるが、その他の事実は、否認する。

第四項は、認める。

(二)  (被告章二および被告会社の運行供用者責任の不存在)

事故車は、もと被告章二が所有していたところ、被告章二が被告会社より新車を買入れるに当り、これを下取り車として提供した後、更に、被告会社より被告宏行に月賦で売渡されたものであつて、登録名義だけが被告章二に残つていたものであり、事故当時、事故車の保険料も、被告宏行が負担していたものである。従つて事故車は、本件事故当時、実質上は被告宏行の所有であるから、被告章二および被告会社には、運行供用者責任がない。

(三)  (被告会社の使用者責任の不存在)

本件は、被告宏行が被告会社の仕事を終了し、帰宅途中の事故であるから、被告会社の業務執行中ではなく、従つて、被告会社には、使用者責任はない。

仮に、本件事故が被告会社の業務執行にあたるとしても、被告会社は、被告宏行ら被告会社の従業員に対して、自動車の運転にあたり事故防止について注意を与えるなどしてきており、特に、被告宏行に対しては、同被告のセールス管轄区域が熊本県鹿本郡、山鹿市一円であつた関係上、八代市からの通勤をやめるように注意していたのであるから、被告宏行の選任、監督につき、相当の注意を払つているというべきである。従つて、被告会社には、使用者責任はない。

(四)  (過失相殺)

本件事故は、亡主計が事故現場である丁字路の交差点を事故車の進行方向右側の横道より自転車を押しながら、左右の安全を確認しないまま鏡県道を斜めに右折横断しようとしたことによるものか、或いは、横断、右折した後、道路の左側端を歩行しなかつたためによるものかのいずれかにより発生したものである。従つて、本件事故は、主計の過失も寄与しているのであり、賠償額の算定につき、これを斟酌すべきである。

第三、当事者双方の提出、援用した証拠

〔証拠関係略〕

理由

一、(事故の発生)

本件事故の発生(請求の原因第一項)については、当事者間に争いがない。

二、(責任原因)

(一)  被告宏行について

〔証拠略〕を総合すると、以下の事実が認められ、以下の認定に反する証拠はない。

すなわち、本件事故現場は、熊本県下益城郡松橋町方面(北方)から八代市方面(南方)に南北に通ずる通称鏡県道とこれに鏡町両出方面に通ずる村道が西側から交差する丁字型の三差路である。県道は、幅員六・二メートルのアスフアルト舗装道路で、路面は平坦で、本件事故現場附近はほぼ直線で見とおしがよい。村道は、幅員八・五メートルの未舗装道路である。本件交差点は、交通整理が行なわれておらず、八代市方面から右交差点に入る手前に三差路道路標識がある。本件事故現場附近には、路面を照らす照明設備は設置されていない。

被告宏行は、事故車を運転し、下益城郡松橋町方面より八代市方面に向け、鏡県道を時速約五〇キロメートル位の速度で進行し、本件丁字路交差点手前にさしかかつた際、前方約一〇〇メートル位先に対向車を認め、自車の前照燈を減光したので、進路前方三〇メートル位までしか見とおすことができなくなつたが、時速約五〇キロメートル位の速度のまま進行をつづけたところ、折から自車前方を自転車を押して歩行中の主計の後方約一〇メートル位に接近して始めて同人を認め、急停車の措置を講ずると共にハンドルを右に切つたが間に合わず、右交差点の先である八代市方面寄り約五メートル位、県道の左端から約二メートル位の地点で自車前部を同人の後方から衝突させた。

右認定事実によれば、被告宏行は、丁字路交差点でもあり減速徐行して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つた過失が認められる。従つて、被告宏行は、不法行為責任を負うというべきである。

(二)  被告章二について

〔証拠略〕によれば、本件事故車は、もと被告宏行の実兄である被告章二が所有していたこと、被告章二は、自動車の販売を業とする被告会社より新車を買入れるに当りこれを下取車として提供した後、更に、被告会社は昭和四二年一月三一日頃これを代金の支払につき割賦払で代金完済まで所有権を留保するという約定で被告宏行に売渡したこと、被告宏行は、被告会社に勤務し、自動車のセールスの仕事を担当していた関係で、本件事故車を自己のものとして仕事用、通勤用等に使用していたこと、本件事故当時、右割賦金の支払は完了されておらず、又、本件事故車の登録名義は被告章二名義のまま残されていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告章二は、事故車につき登録名義を有すとはいえ、それは全く形式的なものたるにとどまり、事故車に対する運行の支配も利益も有しないものであるから、運行供用者責任を負わないものというほかはない。

(三)  被告会社について

先に認定したとおり、被告会社と被告宏行との間の売買契約によれば、本件事故車の所有権は被告会社に留保されているこことが認められるが、それは代金債権確保のためにつきるものであつて、実質上は、被告宏行の所有に属するものといいうるのであつて、本件事故当時、同被告は、事故車を通勤用として使用するほか、被告会社における自動車のセールスの仕事のためにも使用していたことが認められる。そして、〔証拠略〕によれば、被告会社は、自動車のセールスを担当する社員がその個人車を会社業務のために使用することは、セールスという仕事の性質上、その円滑な遂行や能率をあげるためには便利であるとは認めていたものの、その使用を必要的なものとしていたわけのものではなく、ただ、これを黙認していたにとどまること、自動車のガソリン代、維持費等はすべて社員各個人において負担していたこと、本件事故は、被告宏行が、被告会社の仕事を終了し、帰宅途中に発生したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によると、被告宏行が事故車をもつて被告会社の業務のために利用しているけれども、前記利用行為の事情からみて本件は被告宏行の自己所有車による帰宅途中の事故という以上に、被告会社の業務性に及ぶものと認めることは困難であるから、使用者のための自動車の運行ないし業務執行ということはできないというほかはない。そうだとすれば、被告会社は、本件事故につき、運行供用者責任も使用者責任も負わないというべきである。

三、(過失相殺)

〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場の附近には横断歩道が設けられていなかつたこと、主計は、前記丁字路の交差点を前記村道より自転車を押しながら、左右の安全を十分に確認しないまま、斜めに鏡県道を右折、横断中、県道の向う側から約二メートル位の地点に達したとき、事故車と接触したことが窺われる。そうだとすれば、本件事故は主計が事故現場の道路を左右の安全を十分確認しないまま斜めに横断した過失も一因となつて発生するに至つたものと認めざるを得ない。従つて、主計と被告宏行の過失割合は、主計二、被告宏行八と認めるのを相当とする。

四、(損害)

(1)  亡主計の逸失利益

〔証拠略〕によれば、亡主計は、本件事故当時、六三才の健康な男子で、主計の妻原告オツル、長女原告チヅ子、四男原告満暢とともに農業を営み、年間少なくとも一二〇万円以上の収入を得ていたことが認められる。が、右農業収入に対する原告オツル、チヅ子および満暢の寄与分を控除すると、主計は、少なくとも右収入の五割にあたる六〇万円を得ていたものということができる。そして、主計の生活費は、前記家族構成からみて、右収入の四割をこえないものと認めるのを相当とし、〔証拠略〕によれば、六三才の男子の平均余命は、一二・八六年と認められるから、主計は、本件事故がなければ、なお少なくとも六年間は農業に従事し、引き続き右収入をあげ得るものと解される。従つて、主計の得べかりし収入額は、年五分の割合による中間利息を控除して算定すると一八三万六〇〇〇円となる。しかし、主計の前記過失を斟酌すると、右金額の八割にあたる一四六万八八〇〇円を被告宏行に負担させるのを相当とする。

そして、原告オツルが主計の妻、その他の原告らがいずれも子であることは、当事者間に争いがないから、原告らは、それぞれ相続分に応じ右主計の賠償請求権を相続し、その額は、原告オツルにおいて四八万九六〇〇円、その他の原告ら七名において各一三万九八八五円となる。

(2)  慰藉料

原告らと亡主計との身分関係は、前記認定のとおりであり、原告らが本件事故により著しい精神的苦痛を受けたことは推測しうるところ、その慰藉料の額は、主計の前記過失を斟酌すると、原告オツルにつき六五万円、その他の原告ら七名につき、各二五万円を相当とする。

五、(損害の填補)

原告らは、自賠責保険金として、一五〇万円の支払を受け、これを相続分に応じて分配すると、原告オツルにつき五〇万円、その他の原告ら七名につき各一四万二八五八円となり、これを各原告らの損害額に充当したことは、原告らの自認するところであるから、右金額を原告らの前記損害額から控除されるべきである。

六、(結論)

よつて、被告宏行に対し、原告オツルは六三万九六〇〇円、その他の原告ら七名は各二四万七〇二七円および右各金員に対する事故発生の日以後の日である昭和四二年二月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告宏行に対するその余の請求ならびに被告章二および被告会社に対する各請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとする。

訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を(なお、仮執行免脱の申立は、相当でないから、これを却下する。)それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福永政彦)

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